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広島地方裁判所 昭和58年(ワ)238号 判決

原告

大日方澄江

右訴訟代理人弁護士

鶴敍

被告

財団法人放射線影響研究所

右代表者理事

重松逸造

右訴訟代理人弁護士

河村康男

大迫唯志

主文

一  原告が被告との雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し昭和五八年一月から毎月二五日限り金二八万八二六三円及び昭和五八年から毎年七月末日限り金五六万〇五二六円、一二月末日限り金八一万二七六二円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告

1  主文第一、四項と同旨

2  被告は原告に対し昭和五八年一月から毎月二五日限り金二九万〇四六三円及び昭和五八年から毎年七月末日限り金五六万〇五二六円、一二月末日限り金八一万二七六二円を支払え。

3  右2につき仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は大正一四年八月一五日出生したものであるが、昭和二三年八月一二日国立予防衛生研究所支所広島原子爆弾影響研究所(ABCC)に厚生事務官として勤務し、右研究所が昭和五〇年四月一日被告に組織変更されてからは被告職員となり、同年六月一日以来秘書として勤務してきた。

2  被告の就業規則三三条一項には、「職員の定年は男子満六二歳、女子満五七歳とし、退職の日は満年齢に達した直後の六月末日又は一二月末日とする。」と定められており、被告は昭和五七年一一月二六日原告に対し原告は右規定により同年一二月三一日をもって定年により退職することになる旨の通知をした。

3  しかし、右規定は性別によって差別するものであって、憲法一四条に違反し、民法九〇条の公序良俗に反するから無効である。従って、原告の定年は男子と同じく六二歳が正当であり、原告は昭和六二年一二月三一日をもって定年に達するものである。

4  原告は昭和五七年一二月現在事務職四等級一四号俸の支給を受けていたが、昭和五八年一月一日以降も被告職員の地位を有していたなら、原告は同月一日事務職四等級一五号俸に昇給し、同日以降同号俸の給与即ち基本給、調整手当、住居手当、通勤手当(金二二〇〇円)合計金二九万〇四六三円を毎月二五日限り、期末手当として夏期手当金五六万〇五二六円を毎年七月末日限り、年末手当金八一万二七六二円を毎年一二月末日限り支払われることになっていた。

5  よって、原告は被告に対し原告が被告との雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び昭和五八年一月一日から右給与及び期末手当の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

請求の原因1、2、4は認める。同3は争う。

三  被告の主張

1  本件定年制は公序良俗に違反しない。

本件は男子六二歳、女子五七歳という高年令定年制であり、厚生年金保険法四二条に定める老齢年金の受給資格年齢である男子六〇歳、女子五五歳をいずれも上回る。厚生年金保険法は定年差別を予定しており、かつ本件のように社会保障制度に接合した高年齢定年制の場合、五歳差の定年は現在の社会的実情ないしは社会通念に照らしてもあるいは大多数の国民感情からみても、その不合理性、反公序性を根拠づけることはできない。本件定年制は、広島原子爆弾影響研究所とその労働組合との間で昭和三八年四月一日締結された「退職金並びに定年に関する協定」により右研究所において実施されていたものを被告の設立により被告が引き継ぎ、その就業規則に定めたものである。原告らは本件定年制を含む労働条件を十分理解して被告に採用された。そして本件定年制施行以降八五名の女子がいずれも異議なく本件定年制の適用を受けてきた。私的自治の原則はできる限り尊重されるべきであり、反公序性の判断は慎重でなければならない。

2  憲法一四条は合理的理由のない性別による差別を一切禁止はしていない。民法七三一条の婚姻適齢の差別規定、同法七三三条の再婚禁止期間の差別規定、労働基準法の一連の女子保護規定、厚生年金保険法の老齢年金受給年齢における差別規定はいずれも差別するにつき合理的理由はないが、憲法一四条は右各規定を許容している。本件定年制も右許容範囲に含まれ、憲法一四条に違反しない。

3  憲法一四条は私人間の法律行為には適用されない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因1、2、4の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件定年制は定年年齢を男子六二歳、女子五七歳とし、比較的高年齢で男子と女子との間に五歳の年齢差を設けたものであるが、被告の事業の遂行上右差を設ける必要性を欠き、右差別しなければならない合理的理由が認められないときは、被告の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である(最高裁判所昭和五六年三月二四日第三小法廷判決・民集三五巻二号三〇〇頁参照)。

三  そこで、本件男女別定年制に右合理的理由があるか否かについて判断する。

1  厚生年金保険法四二条によれば、老齢年金の受給資格年齢は男子六〇歳、女子五五歳とされており、本件定年制は右各年齢を上回るが、右老齢年金は労働者が老齢により労働能力を喪失した老後の生活を保障するためのものであるから、労働者が働く意思と能力を有し、企業がそれを受け入れることが可能であるとき、右老齢年金が支給されることを理由に労働者を定年退職させることは右法律の目的にそわないうえ、たとえ右年金が支給されるとしても、その金額は企業に雇用され支給されていた給与よりも大幅に減額されたものとなり、退職は本人に多大の不利益を与えることは明らかであるから、現行の厚生年金保険法上老齢年金の女子の受給資格年齢が五五歳になっていることは本件男女別定年制の合理的理由とはなりえない。

2  組合が同意し、原告も本件定年差別を知りながら被告に採用されたとしても、雇用契約の内容が公序良俗に反すれば無効となるのであるから、右同意等は本件男女別定年制の合理的理由とはならない。

3  被告の主張する各法律の条項が憲法一四条に違反するか否かと本件男女別定年制の合理性の有無とは関連性がない。

4  その他被告は定年年齢を男女別に定めなければならない必要性について何ら主張しない。(証拠略)によれば、被告は昭和五〇年四月一日原爆傷害調査委員会が改組され、放射線の人に及ぼす医学的影響等を調査研究等をすることを目的とする財団法人として設立され、本件定年制は右原爆傷害調査委員会とその組合が昭和三八年四月一日に協定して定めたものを被告が引き継ぎそのまま就業規則に規定したものであるが、右委員会と組合が昭和三八年に右定年制を協定した経緯は、右委員会は組合に対し当初男女とも五五歳の定年制を提案したが、当時高年齢の職員が多く、少しでも定年を遅くしたいとする組合の強い要望があり、交渉の結果男子六二歳、女子五七歳とすることに合意したものであり、右委員会の事業の遂行上男女間に右差を設ける必要性があったものではなかったこと、被告は本件男女別定年制を是正するため現在組合に対し男女とも六〇歳の定年制を提案していることが認められるのであり、被告の事業の遂行上定年年齢において女子を差別しなければならない必要性はないといえる。

以上によれば、本件男女別定年制に合理的理由は認められない。

四  従って、被告の就業規則中女子の定年年齢を五五(ママ)歳と定めた部分は無効であるから、原告は昭和五八年一月一日以降も被告職員としての地位を有する。原告は同日以降依然として被告の職員であることを主張したのに対し、被告は原告の右地位を否定しているから、被告は原告に対し同日以降の給与(但し、通勤手当金二二〇〇円は現実に出勤していることを前提にその通勤費用の一部を補填するものであって、賃金の性質を有することを認めるに足りる証拠はないので、現実に就労していない原告は右通勤手当を請求する権利を有しないから、右金員は除外する。)及び期末手当を支払う義務があり、また本件口頭弁論終結時以降の給与等についても被告の右態度等に照らし予め請求する必要があることが認められる。

五  よって、原告の本訴請求のうち、通勤手当の支払を求める部分は失当として棄却し、その余は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条但し書を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡浩)

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